Interview/キュレーター藤木洋介が渡辺洋一写真展「雪 森」を語る
昨年12月より、南魚沼市トミオカホワイト美術館にて開催の渡辺洋一写真展「雪森」。2月の長期休館を経て、第二期が2月27日(土)~3月23日(火)に再開催となります。緊急事態宣言で動きづらかった地域の皆さまも、ご来館いただける状況になりましたらぜひ足を運んでいただけたらと思います。
今回、写真展開催にあたり、キュレーションを手がけた藤木洋介さんに写真展「雪 森」の魅力をインタビューさせていただきました。藤木さんは、2012年にB GALLERY(東京・新宿)にて開催した渡辺洋一 写真展「白い森」の主催者であり、長らく渡辺の作品を見つめてきたひとり。『Stuben Magazine04』では、渡辺の作品そして人物像についても寄稿いただきました。数々の芸術家、写真家の発表の場をサポートしてきた藤木さん。スキーや雪国には縁遠いキュレーターから見た雪の世界はどう映るのでしょうか。
写真右が藤木。ニセコウパシギャラリーにて
ーーーキュレーターというのはそもそもどういったお仕事なんですか?
いろいろな役割があるんですが、語源は「世話役」という意味なんです。今回の場合、トミオカホワイト美術館という洋画家・富岡惣一郎さんの作品が収蔵されている美術館に、渡辺洋一さんの作品を展示するという特殊な構成でしたので、大枠は当美術館の角田由美子さんが進め、僕の方では、それを補う役割で、富岡さんと渡辺さんの作品をどう関連づけていくかアイデアを出したり、渡辺さんの展示作品を選んだり、サイズや並び順を考えたりといった作業を担当させてもらいました。
渡辺さんの想いや経歴を汲み取りながら、予算の範囲内で「どういう風に何を伝えていくか」、それを組み立てていくことが一番大きな仕事ですね。
2020年12月、作品搬入、設営の様子
ーーー富岡惣一郎さんの作品の対面に、渡辺洋一さんの作品が並ぶというのは面白いアイデアですよね。どんなことを意識されて、構成を考えたのですか?
富岡さんと渡辺さんは、生きている時代も違うし、洋画と写真という表現方法も違うんですけれども、ふたりに共通しているのは“雪国の自然”に魅了された、という点なんです。新潟に生まれた富岡さんは、昭和から平成にかけて、圧倒的な雪の白の美しさ、雄大な自然を描きました。一方、渡辺さんは雪国ニセコに移住し、「今」見ている自然を撮影しています。そして、それはこれから変わるであろう自然環境への警告なようなものも含まれていると思うんです。時代は違えど、ふたりの作品からは、自然への敬意を強く感じます。富岡さんが作品を通して伝えたかった大切な部分を、渡辺さんが受け取り、新たな視点で表現し、時代を跨いでリレーを続けているような印象です。
富岡さんに敬意を払いながらも、渡辺さんの作品は全く違う写真とサイズで展示構成しました。
2枚の額縁でひとつの作品を表現。まるで自分も雪森にいるような臨場感を味わえる
ーーー渡辺さんの作品の展示サイズは、これまでの数々の写真展の中でも一番大きいのでは、というサイズ感ですね。
芸術に勝ち負けはないのですが、富岡さんの迫力の作品群の対面ということで、その強さに負けないように、渡辺さんの作品もできるだけ大きなサイズで、生き生きと表現できるように考えました。ただ、奇をてらうようなことはせず、シンプルに渡辺洋一の世界を瑞々しく表現したつもりです。
ーーーセレクトした写真と並び順には、どんな考えがあるのですか?
今回は写真集『雪 森』との連動企画なので、写真集の並びも参考にしながら、ピックアップしています。海があって、山があって、雪が降り、暮らしがある、という渡辺さんがよく話す自然環境の循環をイメージして、北海道から始まり、本州の日本海側の森へと下ってゆき、またニセコに還るという流れです。遠景と木のアップの作品のバランスも意識しましたね。
ーーー野沢温泉のブナの大木の写真、印象的でしたね。
2012年に「白い森」の写真展を開催させていただいたときから、大木のシリーズは、渡辺洋一自身を表しているんだと僕はずっと感じていました。森閑な雪の森で、寒さにじっと耐えるように何十年も生きる大木。その木と向き合う渡辺さんは、大木の孤高の強さに憧れ、自らの魂と照らし合わせているかのようです。いわば、渡辺さんのポートレートのように作家の気配が感じられるんですよね。逆に、引きの遠景の作品は、渡辺さんが不在で自分(見る人)の目線に近いような印象を受けます。面白いことに、富岡さんも晩年、「鳥の目」という視点を思いつき、ヘリコプターやセスナから取材をしているんです。今でいうドローンですよね。富岡さんの空から見た雄大な自然を描いた作品の対面に、渡辺さんのどこから撮ったのかわからないような自然を俯瞰した作品もセレクトしました。
美術館の大きなガラス窓から霊峰・八海山を望む
ーーー藤木さんが普段関わるギャラリーや美術館は都内が多いことと思いますが、雪国に佇むトミオカホワイト美術館という立地の特性はどう感じましたか?
昨年の秋に一度下見で訪れたのが初めてなんですね。それで空間をイメージして準備していたのですが、12月の作品搬入の日、記録的な大雪だったんです。美術館の周りも辺り一面真っ白で、圧巻。人が表現する自然もぐっと来るけれども、本物の自然は人間の想像を軽く越えてきて、「これで自然を表現できたと思うなよ」って言われたような気がしました(笑)。東京ではあんな体験はなかなかできないので、自然の美しさだけでなく、脅威のようなものも改めて教えられました。
ーーー最後に、様々な作家さんとお仕事されてきた中で、写真家・渡辺洋一ならではの部分というのは、どんなところだと思いますか?
写真家であるとともに「スキーヤー」であるということが重要ですね。スキーヤーだからこそ気づく視点というのが、渡辺さんのオリジナリティだと思います。写真家として自然を撮っている人はたくさんいますが、何をテーマに撮ろうと決めて撮る人がほとんどなんです。でも渡辺さんの場合、何かを撮りに山に三脚を持っていくようなことはなく、スキーをしながら出会った風景を撮影している、いわば、スナップ写真なんですよね。写真家の森山大道さんが街でスナップを撮るように、渡辺さんはスキーヤーとして自然のスナップを撮っている。だから、時として大きく引き延ばすには画素数が足りなくて困る、ということもあるんです。でもそれはそれでいいと僕は思っています。そのサイズでしか撮れなかった理由(真実)があるから。何かを決めて撮ろうとしてないところが面白いし、スキーとセットの写真という表現が彼の個性だと思います。僕にとって、渡辺洋一は風景写真家ではありません。スキーヤーとして自然をスナップしている写真家です。
ーーー藤木さん、どうもありがとうございました!
ウパシギャラリーの屋根雪下ろしを手伝う藤木(左)
藤木さんは、ニセコにも通い、渡辺とともに雪森を歩き、作品が生まれる瞬間も共有しています。スキーではなく、アート、芸術の分野から、渡辺洋一の活動に注目し、今回キュレーターとして手を貸してくださったことで、より深みのある写真展に仕上がりました。ぜひ、藤木さんのコメントも思い出しながら、展示を楽しんでいただければ幸いです。
取材・文/Stuben Magazine編集部
*開館30周年記念 特別展 渡辺洋一写真展「雪森」
会期:第一期/ 2020年12月19日(土)~2021年1月31日(日)
第二期/ 2021年2月27日(土)~3月23日(火)
10:00~17:00 毎週水曜休館
会場:南魚沼市トミオカホワイト美術館
新潟県南魚沼市上薬師堂142
TEL.025-775-3646
*3月12日(金)渡辺洋一×町口覚 トークショーLIVE配信開催!
http://www.6bun.jp/white/info/トークイベントのお知らせ/
*写真展「雪森」のレポート
https://stuben.upas.jp/news/2020/12/?post_type=news